今回はLt. Stitchieのアルバム

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「Great Ambition」です。

Lt. Stitchie(Lieutenant Stitchie、
本名:Cleve Laing)は80年代半ば頃
から活躍する、表情豊かなコミカルな
トースティングで人気を博したダンス
ホール・ディージェイです。

オリンピックを目指す陸上の短距離選手
(84年に足の怪我で断念)という異色の
経歴の人で、ダンスホール・ディージェイ
に転向後はJammysなどのレーベルから
「Almighty God」や「Natty Dread」、
「Wear Your Size」といったヒット曲を
出した事で知られています。

Lt. Stitchie - Almighty God


Lt. Stitchie - Natty Dread


またネットのDiscogsには彼について次の
ような事が書かれています。

Deejay, born 29th September 1965 in Spanish Town, Jamaica.
He originally worked in the dancehall style but switched to gospel reggae in 1997
after surviving a car crash.
《1965年9月29日、ジャマイカ、スパニッシュタウン生まれ
のディージェイ。
元々はダンスホールスタイルで活動していたが、交通事故から生還
した後、1997年にゴスペル・レゲエに転向。》

97年以降はダンスホールからゴスペルへ
と歌のスタイルを変更しているようです。

ネットのDiscogsによると、13枚ぐらいの
アルバムと、151枚ぐらいのシングル盤
をリリースしています。

アーティスト特集 Lt. Stitchie (ルーテナント・スティッチー)

Lieutenant Stitchie - Wikipedia

今回のアルバムは1987年にジャマイカ
のJammy's Recordsからリリースされた
彼のファースト・アルバムです。
ちなみにジャマイカのJammy's Recordsから
リリース時のタイトルは「Wear Yu Size」
で、それがUKのSuper Powerレーベルから
リリースされる際に「Great Ambition」に
タイトルが変更され、ジャケットの写真も
変更されています。

プロデュースはこの時代にジャマイカで
デジタルのダンスホール・レゲエ(通称:
ラガ)の大ブームを引き起こしていた
King Jammyで、大ヒットした「Wear Yu
Size」をはじめとしたノリの良い楽曲に、
Lt. Stitchieのコミカルで楽しいトース
ティングが冴える内容のアルバムとなって
います。

手に入れたのはUKのSuper Powerレーベル
からリリースされたLPの中古盤でした。

Side 1が5曲、Side 2が5曲の全10曲。

詳細なミュージシャンの表記はありま
せん。

Produced & Arranged by King Jammy
Pub: Third World Music

という記述があります。

またネットのDiscogsには次のような事
が書かれていました。

録音 – Jammy's Recording Studio
ミキシング – Jammy's Recording Studio
マスタリング – CTS Studios
販売 – World Enterprise Records
Engineer – Bobby Digital, King Jammy, Squeengie Francis
Mixed By – Mike Brown
Music By – Steely & Clevie
Producer – King Jammy

録音やミキシングはJammy's Recording
Studioで行われ、エンジニアはBobby
DigitalやKing Jammy、Squeengie Francis
が担当し、ミックスはMike Brownが行い、
バックはSteely & Clevieが行っていたの
かもしれません。
(裏ジャケでその記述を探しましたが、
よく解りませんでした。)

ジャケット・デザインに関する記述はあり
ません。

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裏ジャケ

さて今回のアルバムですが、この時代の
Jammy'sらしいデジタルな演奏をバックに
Lt. Stitchieらしい表情豊かでコミカルな
トースティングが冴えるアルバムで、内容
はとても良いと思います。

この87年頃のジャマイカは、85年に
King Jammy(当時はPrince Jammy)が
プロデュースしたWayne Smithの「Under
Mi Sleng Teng」の大ヒットした事を
きっかけに、全土でデジタルのダンス
ホール・レゲエの大ブームが起きていた
時代でした。
(このブームは当時は「コンピュータ・
ライズド」などと呼ばれていました。
またこうしたデジタルのダンスホール・
レゲエを、のちに「Ragga(ラガ)」と
呼ぶようになります。)

Wayne Smith - Under Me Sleng Teng


このヒットをきっかけにジャマイカの音楽
レゲエは、それまでのアナログ演奏から
一気にデジタル化され、電子機器を使った
演奏に切り替わって行きます。
そのデジタルのJammy's旋風を主導したの
が、プロデューサーのKing Jammyであり、
当時Jammy'sに在籍しバックの演奏を担当
したSteely & Clevie(Wycliffe 'Steely'
JohnsonとClevie Browne)のコンビだった
んですね。
彼らはこの「Sleng Teng」や「Big Belly
Man」、「Jump Up」などデジタルらしい
特徴的なリディムで、それまでのアナログ
なレゲエの世界をすべてデジタルに塗り
替えて行きます。
このKing Jammyを中心としたレゲエという
音楽のデジタル化は世界的にはすぐには
認められなかったものの、90年代には
レゲエ=ラガというイメージが定着し、
ルーツ・レゲエに代わる音楽として世界的
にも大人気となるんですね。

そうしたレゲエという音楽が劇的に変わっ
た時代に登場したニュー・カマーのひとり
が、今回のLt. Stitchieです。
「スティッチー中尉」という芸名で人気を
博した彼は、早口なども交えた独特の表情
豊かなコミカルなトースティングで、人気
のディージェイにのし上がっていきます。
こうしたコミカルなスタイルの話芸を得意
としたディージェイは他にもGeneral Tree
やGeneral Degreeなどこの時代に多く登場
して来ますが、彼はもっとも早くこうした
早口を交えたコミカルなスタイルを始めた
ディージェイのひとりだったようです。
(なおこの時代は「Lieutenant(中尉)」
や「General(将軍)」、「Admiral
(提督)」など、軍隊系の名前を付けた
アーティストが多く登場しています。)

ちなみに彼はモノマネや早口を交えた
芸達者なスタイルですが、スラックネス
(下ネタ)を嫌い、けっしてヤらなかった
んだそうです。
そのあたりはベン・ジョンソンとも競い
合ったという、元陸上選手のプライドが
あったのでしょうか?
もしかしたらその事も、他のアーティスト
とのリリック上の大きな違いかもしれま
せん。

この80年代半ば以降のデジタルのダンス
ホール・レゲエ以降は、アウト・オブ・
キーのような新しい歌唱法が登場して来て
います。
このLt. Stitchieなどが行ったコミカルで
芸達者なスタイルも、そうした新しい
ヴォーカル・スタイルと言えるかもしれま
せん。
そうした新しい歌唱法が登場した理由は
解りませんが、当時のデジタルがまだ発展
途上でサウンドがかなり無表情で無機質で
あった事や、当時のJammy'sのサウンドが
比較的淡白に終ってしまう曲の構成だった
事があるのかもしれません。

当時のJammy'sの曲を聴くと、普通は
「起・承・転・結」と曲が進むところが、
「起・承・転」でストンと曲が終わって
しまうような構成が多いんですね。
その構成だと曲がすごく淡白な印象が
残ります。
そうした淡白な印象を補うために、より
人間味のあるヴォーカル・スタイルが求め
られたのでしょうか?
この80年代半ば以降はレゲエという音楽
がデジタル化し、音楽の質が劇的に変わっ
た時代ですが、それと共にヴォーカリスト
も工夫が求められた時代だったようです。
こうした変化の要求からか90年代近くに
なると、歌手とディージェイのコンビネー
ション曲なども多く作られるようになって
来ます。

話を戻しますが、このコミカルな彼の
スタイルはとても人気を博したようで、
89年にリリースしたセカンド・アルバム
「The Governor」ではUSのAtlantic
レーベルより早くもメジャー・デビューを
果たしています。

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Lieutenant Stitchie – The Governor (1989)

その後Shabba Ranksなど多くのアーティ
ストがメジャーで活躍した為に多少印象が
薄いですが、早くからレゲエのダンス
ホールのスタイルで世界的に認められた
アーティストが彼だったようです。
そうした成功がその後の90年代のダンス
ホール・スタイルでのレゲエの世界的な
隆盛に繋がります。

今回のアルバムはその彼のファースト・
アルバムで、ヒットした「Wear Yu
Size」など、彼のコミカルで表情豊かな
話芸が楽しめる内容となっています。
また「Kuff」や「Fresh」、「I Need You」
など、この時代のJammy'sらしいリディム
がたくさん使用されており、その浮かれた
ようなある種の躁状態のようなメロディの
楽しさも大きな魅力です。

ちなみにこのアルバムは元のタイトル
「Wear Yu Size」で、レゲエ本
「Dancehall Reggae Standards」や
「REGGAE definitive」などに紹介されて
いるアルバムです。
それを見てもこのアルバムが彼の代表作の
ひとつである事は間違いないでしょう。

Side 1の1曲目は「Obeah Wedding」
です。
リディムはRed Dragonの「Kuff」として
知られるリディムで、オリジナルは
Admiral Baileyの「Jump Up」。
ちなみにネットのRiddimguideではこの
曲と、4曲目表題曲の「Great Ambition」
がこの「Kuff」リディムとなっています。
刻むようなデジタルのリズムに、表情豊か
に声色を使い分けたLt. Stitchieの楽しい
トースティングがイイ感じ。

Lieutenant Stitchie - Obeah Wedding


リズム特集 Jump Up/Kuff (ジャンプ・アップ/クフ)

2曲目は「Broad Hips」です。
リズミカルなデジタルのドラミングに、
キーボードのメロディ、流れるように
滑らかなLt. Stitchieの楽し気なトース
ティングがイイ感じ。

Lt. Stitchie - Broad Hips


3曲目は「Lt. Stitchie Remedy」です。
リディムはShabba Ranksの「Fresh」。
ミリタントなデジタルなドラミングに、
キーボードのメロディ、巻き舌も交えて
表情豊かに歌うLt. Stitchieの楽しい
トースティング。

リズム特集 Fresh/Four Seasons Lover (フレッシュ/フォー・シーズンズ・ラバー)

4曲目は表題曲の「Great Ambition」
です。
こちらもネットのRiddimguideでは「Kuff」
リディムとなっています。
途中にDoris Day(ドリス・デイ)の56年
の楽曲「Que Sera, Sera(ケセラセラ)」
のメロディが挿入されています。
リズミカルなドラミングに、キーボードの
メロディ、過剰なほど表情豊かで楽し気に
歌うLt. Stitchieの「ケセラセラ」が
面白い曲です。

Lt Stitchie - Great Ambition!


5曲目は「Bible Story」です。
リディムはFreddie McGregorの「Bobby
Babylon」として知られるリディムで、
オリジナルはSound Dimentionの「Hi
Fashion」です。
アップ・テンポなデジタルのリズムに、
キーボードのメロディ、滑らかな
Lt. Stitchieの早口トースティングが
楽しい曲です。

Lieutenant Stitchie - Bible Story - Jammys LP


リズム特集 Bobby Babylon/Hi Fashion (ボビー・バビロン/ハイファッション)

Side 2の1曲目は元の表題曲だった「Wear
Yuh Size」です。
リディムはChuck Turnerの「I Need You」
として知られるリディムで、オリジナルは
Johnny Osbourneの「On The Right Track」
です。
リズミカルなドラミングに、早口や金切り
声も交えた、Lt. Stitchieの表情豊かな
トースティングがとても楽しい曲です。

Lt. Stitchie - Wear Yu Size (Official Video)


2曲目は「Father Beat Mr. Hot」です。
軽快なデジタルなドラミングに、刻むよう
なキーボードのメロディ、流れるように
滑らかなLt. Stitchieの楽しいトース
ティング。

LIEUTENANT STITCHIE ~ Father Beat Me Hot


3曲目は「Life Goes On」です。
リディムはThe Beatlesの楽曲として知ら
れる「Ob-La-Di, Ob-La-Da(オブ・ラ・
ディ、オブ・ラ・ダ)」です。
リズミカルなドラミングに、明るいキー
ボードのメロディ、ノリの良い
Lt. Stitchieのトースティング。

LIEUTENANT STITCHIE ~ Life Goes On


4曲目は「Visit Of Queen Elizabeth」
です。
リズミカルなドラミングに、刻むような
キーボードのメロディ、明るくホットな
Lt. Stitchieのトースティングがイイ
感じ。

Lieutenant Stitchie // Visit Of Queen Elizabeth


5曲目は「Money We Want」です。
リディムはLyricalの「Body Come Down」
で、オリジナルはAlton Ellisの
「Mad Mad」です。
リズミカルなドラミングに、ノリの良い
キーボードのメロディ、早口も交えた
Lt. Stitchieの明るいトースティングが
とてもイイ感じの曲です。

Lieutenant Stitchie - Money We Want - Jammy's LP - 1987


リズム特集 Mad Mad/Diseases (マッド・マッド/ディジーゼズ)

ざっと追いかけて来ましたが、この時代
らしいJammy'sの軽快なデジタル・
トラックに乗せたLt. Stitchieの早口も
交えたとても表情豊かなコミカルなトース
ティングがとても楽しいアルバムで、内容
は悪くないと思います。

こうした彼のコミカルなトースティング・
スタイルは人気となり、Lt. Stitchieは
2作目で早くも世界進出を果たし、彼の
コミカルで饒舌なディージェイ・スタイル
はその後の「ラガ」の隆盛に大きく影響を
与える事となります。

また忘れてはならないのはこうした彼の
音楽スタイルが、ジャマイカのサウンド・
システム(野外ディスコ)から生まれて
来たという事です。
この時代のサウンド・システムは音楽の
実験場であり、常に新しい「何か」が生ま
れる、聴衆を常にワクワクさせる現場
だったんですね。
そうした中で自分を磨き、勝ち上がった者
だけがスターになれる…。
このLt. Stitchieも自分の話芸を磨き、
サウンド・システムで勝ち上がって来た
スター・ディージェイのひとりだったん
ですね。

その後彼は自動車事故をきっかけに
スタイルをゴスペル・レゲエへと変更しま
すが、それでも情熱を失わず今もリリース
を続けているのは尊敬に値します。

機会があればぜひ聴いてみてください。


Lieutenant Stitchie - live Dutch TV 1990


LT. STITCHIE LIVE AT STING 1993


MANUDIGITAL - General Ft. Lt. Stitchie (Official Live Session)


○アーティスト: Lt. Stitchie
○アルバム: Great Ambition
○レーベル: Super Power
○フォーマット: LP
○オリジナル・アルバム制作年: 1987

○Lt. Stitchie「Great Ambition」曲目
Side 1
1. Obeah Wedding
2. Broad Hips
3. Lt. Stitchie Remedy
4. Great Ambition
5. Bible Story
Side 2
1. Wear Yuh Size
2. Father Beat Mr. Hot
3. Life Goes On
4. Visit Of Queen Elizabeth
5. Money We Want