今回はBig Youthのアルバム

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「Screaming Target」です。

Big Youthは70年代のルーツ・レゲエの
時代から活躍するルーツ・ディージェイ
です。
その息遣いまで曲にしてしまうような自由
なディージェイ・スタイルで70年代に
人気を博し、「Hit The Road Jack」や
「Every Nigger Is A Star」などのヒット
曲があります。

アーティスト特集 Big Youth (ビッグ・ユース)

今回のアルバムは1972年にジャマイカの
Jaguarというレーベルからリリースされた
Big Youthのセカンド・アルバムです。

プロデュースはAugustus 'Gussie' Clarke
で、女性シンガーDawn Pennの「No No No」
リディムの表題曲「Screaming Target」を
はじめ、Dennis Brownの「In His Own Way」
リディムの「Be Careful」、Lloyd Parksの
「Slaving」のリディムの「Honesty」など、
彼らしい機転の利いた魅力的なトース
ティングが収められたアルバムに仕上がって
います。

手に入れたのはTrojan Recordsから
リリースされたCDの中古盤でした。
オリジナル10曲に加えて、CDボーナス・
トラック2曲がプラスされた、全12曲入り
のアルバムでした。

全12曲で収録時間は約39分。
オリジナルは10曲で、6曲目「Screaming
Target (Vers 2)」と12曲目「Concrete
Jungle」の2曲はCDボーナス・トラック
です。

ミュージシャンについては以下の記述があり
ます。

Vocals Backings: Gregory Isaacs, Dennis Brown, K.C. White
Recorded at: Randy's Studio (17), Dynamic Sounds, Harry J's Studio
Engineers: Errol Thompson, Karl Pitterson, Syd Bucknor
Arranger: A. Clarke
Producer: A. Clarke
Album Designer: Dirk Brown

となっています。

バッキング・ヴォーカル(オリジナル曲の
ヴォーカル)はGregory IsaacsとDennis
Brown、K.C. White、レコーディングは
Randy's Studio (17)とDynamic Sounds、
Harry J's Studioで行われ、エンジニアは
Errol ThompsonとKarl Pitterson、
Syd Bucknor、プロデュースとアレンジは
Augustus 'Gussie' Clarke、ジャケット・
デザインはDirk Brownという人が行って
います。

さて今回のアルバムですが、Big Youthの
軽快で自由度の高いトースティングが楽し
めるアルバムで、内容はとても良いと思い
ます。

実は今回のアルバムには別のディージェイに
よる兄弟のようなアルバムが存在します。
それがI Royの「Gussie Presenting I Roy」
というアルバムです。

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I Roy - Gussie Presenting I Roy (1973)

この2枚のアルバムはどちらもAugustus
'Gussie' Clarkeで、彼は2人のディージェイ
に同じトラックで録音をさせたんですね。
その事がレゲエレコード・コムのAugustus
'Gussie' ClarkeのレーベルMusic Worksを
紹介した文章や、I Royの紹介ページに書か
れています。

レーベル特集 Music Works (ミュージック・ワークス)

アーティスト特集 I Roy (アイ・ロイ)

「同じトラックを使い回す?そんなの珍しく
ないじゃん。」と思う人も居るかもしれ
ません。
確かにレゲエの世界ではプロデューサーの
Bunny LeeやGlen Brownという人達が、
いろいろなアーティストに同じトラックを
腐るほど使い回している事例が見られます。
さらには80年代になると、同じトラック
で歌手やディージェイが対決する
「クラッシュ・アルバム」がたくさん作られ
ているんですね。

ただこのアルバムは72年のアルバム
(レゲエレコード・コムの文章では73年
になっています)で、その時代はおそらく
違うディージェイで同じトラックで曲を出す
事はあまり一般的でなかったのかもしれ
ません。
そう考えるとこの2枚のアルバムは、「使い
回し」のハシリのアルバムという事になり
ます。

実はこの「使い回し」は、弱小のプロデュー
サーにとってはとても切実な問題だったん
ですね。
この70年代初め頃のジャマイカは、大手の
プロダクションはC.S. DoddのStudio Oneと
Duke RiedのTressure Isleしかなく、
ほとんどはスタジオを持たない弱小の
プロデューサーだったんですね。
そうしたプロデューサーはスタジオを
レンタルし、歌手とミュージシャンを雇い、
レコードを作っていたんですね。
新曲ばかり作っていたら、当然のようにその
たびに経費がかかる事になります。
そこで「使い回し」をする必要性が生まれて
来たんですね。
曲を加工するダブや、曲でしゃべる
ディージェイという画期的な音楽が生まれた
のも、曲の「再利用」という経済的な理由が
背後にはあったんですね。

この72,73年頃にはすでにそうしたダブ
やディージェイという音楽が誕生しています
が、おそらく同じトラックを別のディー
ジェイにトースティングさせるというのは
まだ一般的でなかったのかもしれません。
それを行ったのがAugustus 'Gussie' Clarke
だとすると、それはかなり画期的な事だった
んですね。
この時代は彼Augustus 'Gussie' Clarkeや
SanticレーベルのLeonard 'Santic' Chinなど
は、ジャマイカのプロデューサーの中でも
かなり若手のプロデューサーで、彼らに
とってもレコードを作るという事はかなり
経済的に大変な事だったんだと思います。
そこをアイディアで乗り越えているところ
に、彼らが生き残った秘密があるのかもしれ
ません。

こうしてジャマイカのレゲエを多く聴いて
いると、驚くほど同じリディムを何回も
何回も何回も飽きるほど「使い回し」ている
んですね。
80年代に入ってもそれよりも10年以上前
のロックステディのリディムを使っていたり
とか、しつこいまでの「使い回し」ぶりなん
ですね(笑)。

それは曲の新しい古いよりも、その音楽の
「グルーヴ」を重視する世界観なんですね。
そのグルーヴ重視の世界観は、この2枚の
アルバムから始まったと言えるかもしれま
せん。

さて話を戻しますが、実際にこの2枚の
アルバムを聴き較べてみると、実は同じ
トラックが使われていると思われる曲は
意外と少なく、Dennis Brownの「In His
Own Way」のリディムを使ったBig Youth
では「Be Careful」、I Royでは「Coxsone
Affair」という曲と、Lloyd Parksの
「Slaving」リディムのBig Youthでは
「Honesty」、I Royでは「Black Man Time」
という曲の2曲だけしか確認できません
でした。
しかも「Slaving」リディムの方は、I Roy
の方のヴァージョンではヴァイオリンが
オーヴァー・ダブされていたりと、それなり
の工夫が見える丁寧な作りなんですね。

Big Youth - Honesty (1972)


I ROY - BLACK MAN TIME


おそらくこうした丁寧な作りと、2人の
ディージェイの個性の違うトースティングが
評判を呼んだものと思われます。
この70年代後の歌手やディージェイには、
元の曲にどれだけ新しいリリックが盛り
込めるか?そういう才能が要求されたんです
ね。
Bunny Leeのインタビューなどを見ると、
「彼はリリックを持っていた」という言い方
をしていますが、それは元の曲にどれだけ
新しい要素を盛り込めるか?という事を
指しているようです。
プロデューサーにとって新しいリリックを
盛り込んでくれるシンガーやディージェイ
の存在は、とても貴重だったんですね。
決められたように歌うだけでは生き残れ
ない、それがこのジャマイカの音楽界だった
んですね。

その点今回のBig YouthやI Royは強い個性
を持ったディージェイで、雇い主の
プロデューサーの要求に応えられるだけの
スキルを持ったディージェイだったんだと
思います。
同じトラックの同じりリディムを使いなが
らも、全く別のリリックを持ったトース
ティングは、当時の人々に新鮮な感動を
与えたのではないでしょうか。
おそらくこのアルバム以降同じトラックで
別のディージェイがトースティングする事
が、一般化したんじゃないでしょうか。
あの75年にI RoyとPrince Jazzboの間で
起きた「伝説の舌戦」では、2人の
ディージェイがJohnny Clarkeの「Do You
Love Me」など同じトラックで罵り合って
いるんですね(笑)。
そういう「伝説の舌戦」の元を辿れば、
これらのアルバムという事になるのかも
しれません。

さて話を戻しますが、今回のアルバムでは
そうした「競合トラック」の他にも多くの曲
でBig Youthらしいトースティングが
楽しめるアルバムで、内容はとても良いん
ですね。
このアルバムが彼のセカンド・アルバム
らしいですが、ファースト・アルバムの
「Chi Chi Run」はBig Youthの曲以外にも
John HoltやAlton Ellisの曲も入っている
コンピュレーションっぽい内容なので、
事実上このアルバムがファーストと呼べる
かもしれません。

1曲目は表題曲の「Screaming Target」で、
女性シンガーDawn Pennのヒット曲「No No
No」を使ったクールでスリリングな1曲。
2曲目はLeroy Smartの「Pomps And Pride」
のリディムを使った「Pride And Joy Rock」。
3曲目はDennis Brownの「In His Own Way」
リディムの「Be Careful」。
4曲目はRoman Stewartの「Try Me」リディム
の「Tippertone Rock」。
5曲目はGregory Isaacsの「One One Cocoa」
リディムの「One Of These Fine Days」。
6曲目はオリジナルにない曲で、1曲目の
「Screaming Target」のヴァージョン2が
収められています。
7曲目はHorace Andyの「Skylarking」
リディムの「The Killer」。
8曲目はK C Whiteの「Anywhere But
Nowhere」リディムの「Solomon A Gunday」。
9曲目は上にも書いたLloyd Parksの
「Slaving」リディムの「Honesty」。
10曲目はDobby Dobsonのロックステディ
のヒット曲「Loving Pauper」リディムの
「I Am Alright」。
11曲目はこちらもK C Whiteの「Anywhere
But Nowhere」リディムの「Lee A Low」。
12曲目はオリジナルにない曲ですが、
こちらもDawn Pennの「No No No」リディム
を使った「Concrete Jungle」という曲順
です。
こうして見てくると、それまでのヒット曲を
うまく使いながらBig Youthの自由なトース
ティング・スタイルを、うまく引き出した
アルバムである事がよく解ります。

1曲目は表題曲の「Screaming Target」
です。
リディムはawn Pennのヒット曲「No No
No」。
会話から刺激的なギターとピアノの
イントロで、始まる曲です。
Big Youthらしいラフな空気感が魅力的。

Big Youth Screaming Target FULL LP


2曲目は「Pride And Joy Rock」です。
リディムはLeroy Smartの「Pomps And
Pride」。
こちらも初期レゲエらしいギターのイントロ
から、Leroy SmartのとBig Youthの呟く
ようなトースティングが絡む曲です。

3曲目は「Be Careful」です。
リディムはDennis Brownの「In His Own
Way」。
書いたようにI Royのアルバムと、同じ
トラックが使用されている曲です。
ギターの刻むようなメロディに、自由度
タップリのBig Youthのトースティングに
オルガンのメロディ…。
ブレイクが入ったりで、ラフな空気感が
タマラない1曲。

Big Youth - Be Careful


4曲目は「Tippertong Rock」です。
リディムはRoman Stewartの「Try Me」。
ギターとピアノの歯切れの良い明るい
メロディに、こちらも歯切れの良い
Big Youthのトースティング。

5曲目は「One Of These Fine Days」です。
リディムはGregory Isaacsの「One One
Cocoa」。
初期レゲエらしいギターの刻むような
メロディに、Gregory Isaacsののスウィート
なヴォーカル、Big Youthのトースティング
が絡む曲です。

Big Youth Ride Like Lightning 1972 76 22 One Of These Fine Days


6曲目は「Screaming Target (Vers 2)」
です。
オリジナルにはない曲で、1曲目
「Screaming Target」の別ヴァージョンが
収められています。

7曲目は「The Killer」です。
リディムはHorace Andyの初期レゲエの
ヒット曲「Skylarking」です。
特徴的なピアノのメロディに、Big Youth
らしいラフなトースティングが魅力的な曲
です。

8曲目は「Solomon A Gunday」です。
リディムはK C Whiteの「Anywhere But
Nowhere」。
明るいホーン・セクションのイントロから、
Big Youthらしい立て板に水の流れるような
トースティングが魅力的。

Big Youth Solomon A Gunday


9曲目は「Honesty」です。
リディムはLloyd Parksの「Slaving」。
こちらもI Royのアルバムと同じトラックを
使った曲です。

10曲目は「I Am Alright」です。
リディムはDobby Dobsonのロックステディ
のヒット曲「Loving Pauper」。
恋する貧しい男の心情を歌った名曲ですが、
Big Youthのトースティングが入るとすごく
明るい曲になっています。

11曲目は「Lee A Low」です。
こちらもリディムはK C Whiteの「Anywhere
But Nowhere」が使われているようです。
明るいホーン・セクションのメロディに、
トボケた味わいのBig Youthのトースティング
が良い空気感を作っています。

12曲目は「Concrete Jungle」です。
こちらもオリジナルにはない曲で、1曲目
と同じDawn Pennの「No No No」リディム
が使われています。

ざっと追いかけて来ましたが、書いたように
Big Youthの実質的なファースト・アルバム
ともいえるアルバムで、こうしたアルバムの
成功によってBig Youthが70年代のレゲエ
界で目の話せない存在になって行ったのは
間違いのないところです。

また今回のアルバムは後にMusic Worksと
いうレーベルを設立するAugustus 'Gussie'
Clarkeのプロデュースしたアルバムですが、
曲の端々に後のMusic Worksに繋がるような
オシャレ感やモダンな要素が散りばめられて
いるのも見逃せないところです。
彼のプロデューサーとしての、資質の高さも
うかがえるんですね。

機会があればぜひ聴いてみてください。


○アーティスト: Big Youth
○アルバム: Screaming Target
○レーベル: Trojan Records
○フォーマット: CD
○オリジナル・アルバム制作年: 1972

○Big Youth「Screaming Target」曲目
1. Screaming Target
2. Pride And Joy Rock
3. Be Careful
4. Tippertong Rock
5. One Of These Fine Days
6. Screaming Target (Vers 2) *
7. The Killer
8. Solomon A Gunday
9. Honesty
10. I Am Alright
11. Lee A Low
12. Concrete Jungle *
* CD Bonus Tracks

●今までアップしたBig Youth関連の記事
〇Big Youth「A Luta Continua」
〇Big Youth「Chi Chi Run」
〇Big Youth「Dreadlocks Dread」
〇Big Youth「Hit The Road Jack」
〇Big Youth「Live At Reggae Sunsplash」
〇Big Youth「Manifestation」
〇Big Youth「Reggae Live Collection: Live In France」
〇Big Youth「Reggae Phenomenon」
〇Big Youth「The Chanting Dread Inna Fine Style」
〇Niney The Observer「Microphone Attack 1974-78」
〇18th Parallel「Downtown Sessions」