今回はBob Marleyのアルバム「Exodus」から
「One Love/Peopele Get Ready」の歌詞とその
意味を考えてみたいと思います。

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Bob Marley & The Wailers – Exodus (1977)

おそらく私ぐらいの同時期にBob Marleyを
聴いていた世代だと、この「Exodus」を彼の
一番の代表作として覚えている人はかなり多い
んじゃないかと思います。
当時まだ生きていたBob Marleyのアルバムと
しては、「Live!」に次ぐぐらい売れた
アルバムなんじゃないかと思います。

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Bob Marley & The Wailers – Live! (1975)

ロック・シンガーEric Claptonの歌った
「I Shot The Sheriff」で初めてレゲエと
Bob Marleyに出会った多くの日本人は「Live!」
でBob Marleyとレゲエに出会い、この「Exodus」
で本当に彼の音楽が好きになった…だいたい
そんな経緯を辿っていると思います。

当時日本の東芝EMIから発売されたLPは、
金地に、上に白抜きでBob Marley & The Wailers
の文字、真ん中にエンボス加工された赤字の
「Exodus」の文字というアルバムでした。
このアルバムにはこの今回紹介する「One Love/
Peopele Get Ready」のほか、表題曲の「Exodus」
をはじめ、「Natural Mystic」や「Jamming」
など、彼の代表曲が多く収められたアルバムに
なっています。

そしてこのアルバムには曲の英文と山本安見さん
という方の訳詩、ニール・スペンサーという人の
解説文の訳文、吉田ルイ子さんという方の短い
Bob Marleyにインタビューした時の雑感をまとめ
た文章、ラスタファリの用語集などが書かれた
ライナー・ノーツが付いていました。
今は英語が理解出来る人が増えたせいかこうした
訳文が付く事はあまり無いですが、当時は私の
ように英語が解らな人が多い時代だったので、
日本のレコード会社は英語の歌詞に訳文を付ける
事がけっこう多かったです。
そうした努力が多くの「洋楽ファン」(笑)を、
獲得した事は間違いありません。
特にこの山本安見さんという方は、Bob Marley
など多くのレゲエ・アーティストの訳文を手掛け
ているんですね。
この方の訳文を通してBob Marleyが好きになり、
レゲエが好きになったという人は少なくないと
思います。
そういう意味ではレゲエの隠れた功労者なんじゃ
ないかと思います。

今回はその「Exodus」から、山本安見さんの訳文
による「One Love/Peopele Get Ready」を紹介
してみたいと思います。


○Bob Marley - One Love/People Get Ready
(ワン・ラヴ/ピープル・ゲット・レディ)

ひとつの愛 ひとつの心
みんな団結して 幸せになろう
子供たちの声が聞こえるだろう One Love
子供たちの声が聞こえるだろう One Heart
それだけで 俺は満足だ
みんな一緒に この至福を味わおう

悪い評判など 奴らにまかせておけ
俺が知りたいことは唯ひとつ
自分の信念を貫くために人々傷つけた罪人が
逃れる場所は はたしてあるのだろうか?

ひとつの愛 ひとつの心
みんな団結して 幸せになろう
この世の始めがそうだったように One Love
この世の終わりもそうあるべきだ One Heart
それだけで 俺は満足だ
みんな一緒に この至福を味わおう

もう一言いわせてくれ
みんなで力を合わせて
聖なるアルマゲドンの戦場にのぞもう
そうすれば この世の破滅は起こりはしない
戦いに背を向ける者に憐れみを…
創造の父から身を隠す隠れ家など
どこにもありはしない

ひとつの愛 ひとつの心
みんな団結して 幸せになろう
俺は人類全体に嘆願しているんだ
ひとつの愛 ひとつの心
神に感謝と賛辞を捧げよう
それだけで 俺は満足だ
みんな一緒に この至福を味わおう

(東芝EMIBob Marley「Exodus」から
山本安見さんの訳詩より)

Bob Marley - One Love - Official Music Video ( R.P )



ニール・スペンサーという人の解説文を読むと、
このアルバム「Exodus」の前にBob Marleyは
ジャマイカの自宅で何者かに暗殺されかかり、
九死に一生を得たんだそうです。
前に見たドキュメンタリーなどによると、彼は
有名人になっていたにもかかわらず自宅を多くの
人に開放していて、出入りは自由で時にはお金を
分け与える事までしていたんだそうです。
そうする事が彼のラスタファリズムという宗教的
信念だったようです。

ただ当時のジャマイカはまだ貧困国で、マイケル・
マンリー率いる人民国家党 (PNP)と、エドワード・
シアガが率いるジャマイカ労働党 (JLP) の二大
政党の対立抗争が盛んで、時にはその抗争から
銃撃戦が起こるほど荒れた国だったんですね。
そしてBob Marleyが参加する予定だったコンサート
が、いつの間にかマイケル・マンリー率いる人民
国家党 (PNP)の支援コンサートに書き換えられて
しまった事で、PNPに反対する人間によってこの
暗殺未遂は起きてしまったようです。

ただここからがこのBob Marleyという人の凄い
ところで、彼はケガを負っていたにもかかわらず
2日後のコンサートに出るんですね。

そして彼は家族を守るためにジャマイカを離れ
ます。
その頃から彼の思想は、ジャマイカの黒人の宗教
ラスタファリズムを信仰していたものの、徐々に
白人も受け入れる寛容な姿勢になって行ったもの
と思われます。
今回のライナー・ノーツにはフォト・ジャーナリ
スト吉田ルイ子さんのBob Marleyにあった時の
雑感も書かれていますが、黒人のヒーローとして
期待を込めて会った時に、あまりにも白人に対し
ての寛容な姿勢に失望ともとれる言葉も書かれて
います。

確かに彼がジャマイカを離れた事で、この頃から
彼Bob Marleyは仲間と信じていたジャマイカの
黒人層から「ジャマイカを捨てた」と批判も
されるようになるんですね。
確かにこの「Exodus」の曲の歌詞などを見ても、
それまではほとんどがプロテスト・ソング一色
という感じだったのが、このアルバムでは
「Turn Your Lights Down Low」などラヴ・ソング
も収められており、硬派なイメージな彼がかなり
ソフトになって来ているのが解ります。

ただそんなソフトになったと思われたBob Marley
ですが、彼はまた勇敢な行動に出るんですね。
この「Exodus」を発表した翌年の78年に
ジャマイカの「One Love Peace Concert」に出演
して、そのステージ上で人民国家党 (PNP)の
マイケル・マンリーとジャマイカ労働党 (JLP)
のエドワード・シアガを握手させるんですね。
握手させるというと簡単なように思われますが、
どこから銃で撃たれても不思議でない状況で
ステージに立ち、両者の和解を成し遂げる、
そういう勇気ある行動を成し遂げたのがこの
Bob Marleyという人なんですね。
この時のBob Marleyはまさに神がかって
います。

Jammin / Jah Live - Bob Marley, One Love Peace Concert


人々や神の為なら命も捧げる、それがこの
Bob Marleyという人なんですね。
彼はジャマイカの人々にとって、まさに神に
近い人なんだと思います。

さて今回の曲「One Love/Peopele Get Ready」
ですが、オリジナルはまだスカの時代だった
Peter ToshとBunny Wailerと3人組ヴォーカル・
トリオThe Wailersを結成していた1965年の
ヒット曲「One Love」です。

Bob Marley - One Love (Original)


それを少し改編して再演したのが、今回の曲と
いう事になります。
どこをどう変えたのかまでは解りませんが、
Bob Marleyという人のコスモポリタン的な一面が
垣間見える1曲になっています。

ワン・ラヴ/ピープル・ゲット・レディ - Wikipedia

「ひとつの愛 ひとつの心
みんな団結して 幸せになろう」
今聴いても彼のメッセージには、心打たれるもの
があります。
また「アルマゲドン」という言葉などに、彼の
ラスタファリズムの影響が垣間見えます。

一応ラスタファリズムについても書いておくと、
この世には悪徳にまみれた悪徳都市バビロン
(Babylon)に住むバビロニアン(Babylonian)と、
清く正しいアフリカの理想郷ザイオン(Zion)に
住む心正しきラスタファリアン(Rastafarianが
おり、今は心の汚れたバビロニアンが世界を
支配している。
ただそうした世界を神(Jah)は常に見つめて
いて、いずれは審判の時(Judgement Time)が
訪れ悪徳にまみれたバビロニアンは悪徳都市
バビロンとともに滅び、心正しきラスタファ
リアンは理想郷ザイオンに帰る事が出来る。
だいたいこんな内容だったと思います。

今は内容が薄められて「菜食主義」の運動
みたいに思われているラスタファリズムです
が、当時は黒人限定で人数も限られていた
カルトな宗教で、神の船に乗ってアフリカに
帰国する日にちも決まっていました。
ただそれを過ぎても「審判の時」は訪れず、
白人なども信奉するようになったので、だんだん
菜食主義、自然賛美の宗教のようになって
しまったんですね。

ラスタファリ運動 - Wikipedia

ただこのラスタファリズムうんぬんは別に
しても、Bob Marleyなどがもたらしたレゲエ
という音楽とその思想は、初めての第3世界
から世界に広がった音楽であり、思想であった
んですね。
この音楽レゲエが世界の人々の心を、少し
変えた事は間違いのない事実です。

このBob Marleyの生きた70年代はまだ圧倒的
に白人優位の世界でした。
白人は優秀、黒人はバカ、そんなひどい事が
あたり前に思われていたんですね。
あの「I Shot The Sheriff」を歌ったEric
Claptonですら、「有色人種はイギリスから出て
行け!」というレイシストの発言をコンサート
でしていています。
黒人のブルースを元にしたブルース・ロックで
有名になり、「I Shot The Sheriff」を歌った
Eric Claptonですら、根底にそうした人種差別
的な志向を持っていた時代だったんですね。

そうした時代にジャマイカという弱小の貧困国
から、アメリカやイギリスという大国に対して
否というメッセージを送ったのがこのBob Marley
だったんですね。
ただからは多くの人々と触れ合ううちに、黒人
対白人という図式からさらに発展して、人は皆
平等という考えにまでたどり着くんですね。
それはある意味もっとも正しい考え方なんじゃ
ないかと思います。

さて、この歌が歌われてから40年近く経った
今の世界の現状はどうでしょう?
一番解り易いのはアメリカですが、大統領候補
のドナルド・トランプという白人候補は、
メキシコに万里の長城のような巨大な壁を作り
メキシコ人を入国出来ないようにし、イスラム
教徒はテロリストなので入国禁止にすると言い、
日本や韓国はアメリカを駄目にした国なので
高い関税をかけ、駐留米軍の負担を全部払わせ、
自国で核を持って勝手に自衛しろと主張して
います。
要するに彼が主張しているのは、白人優位の
アメリカ社会、70年代の頃のようなアメリカ
に戻すと言っているんですね。

これほど極端ではないにしても欧米やオースト
ラリアなどでは、軒並みこうした極右勢力が
台頭しています。
もちろんイスラム圏などでも原理主義者を
中心としたテロなどの問題もあるし、世界
はひとつというよりは分断した社会になって、
ナショナリズムが台頭しているのが今の社会
なんですね。

「ひとつの愛 ひとつの心
みんな団結して 幸せになろう」
そう歌ったBob Marleyは、今の世界をどう
見るのでしょう…。

もしかしたら今はジャマイカですらバビロンで
あり、バビロニアンしか住んでいないのかも
しれません。
そして彼の目指した理想郷ザイオンなんて本当
は存在しないのかも…。
この世は今も限りなく不平等で、富はたった
1%の人間に集中し、彼らはその報酬に見合った
税金を支払わず、そのツケはすべて残りの99%
の貧しい人に回される、それが今の世の中なの
かもしれません。
世界は限りなく不平等で、悪にまみれている
のかもしれません。

それでも彼は言うでしょう。
諦めるな!立ち上がれ!権利の為に最後まで
戦い抜け!と…。
ナショナリズムが支配するこの世界で、彼の
歌はまだ闘い続けているのです。

"One Love" – official fan-made music video | Bob Marley