今回は1981年に東芝EMIから発売されたLP
Linton Kwesi Johnsonの「Bass Culture」から
「Inglan Is A Bitch(イングラン・イズ・ア・ビッチ)」
という曲の歌詞を紹介してみたいと思います。

このアルバムは私がまだ20代だった頃の80年代に、
LPで買っています。
アルバムには山名昇さんという方の解説文と、山本安見
さんという方の訳詩、それに英語の歌詞が付いていました。
この時代はまだ英語が堪能な人は少ない時代で、レコード
会社はこうして訳詩をよく付けてくれていました。
そのあたりにレコード会社の少しでもレゲエ・ユーザーを
増やそうという努力の跡が見えます。
そして当時若かった私の世代は、こうした文章を食い入る
ように読んでレゲエを好きになっていったんですね。

今回はその訳詩を紹介してみたいと思います。


●イングラン・イズ・ア・ビッチ(Inglan Is A Bitch)

イギリスは売女(ばいた)だ
イギリスは売女(ばいた)だ

ロンドンに来たばかりの頃
私は地下で働いていた
だが地下で働いていると
自分の居場所さえ、見失う
イギリスは売女だ
逃れる術は、ない

やがて、大きなホテルで
ちょっとした仕事に就いた
しばらく働くうちに
コツも覚えてきた
最初のうちは、皿洗いだった
さぼったことなど、一度もなかった
イギリスは売女だ
抜けだす道は、ない
イギリスは売女だ
身を隠す術は、ない

ほんのわずかな給料をもらっても
やつら、税金として
ごっそり搾取しちまう
食っていくためには
血の出る思いで働かねばならない
眠る暇さえ、ありゃしない
イギリスは売女だ
抜けだす道は、ない
イギリスは売女だ
嘘など、いわない

土方をやったこともある
ラバのように
黙々と下水を掘りつづけた
だが、私は愚かだった
超過労働をしても
暮らしは、少しも楽にならない
イギリスは売女だ
抜けだす道は、ない
イギリスは売女だ
生きる術を、見つけることだ

昼間の仕事もやった
夜間の仕事もやった
きれいな仕事もやった
汚い仕事もやった
奴らは、いう
黒人は怠け者で、救いようがない、と
だが私の働く姿を見てくれ
気違い沙汰だと思うだろう
イギリスは売女だ
抜けだす道は、ない
イギリスは売女だ
この事実を、直視するのだ

ブラックリーに、奴らの工場がある
その工場で
私は梱包作業をやっていた
十五年間というもの
私は嫌というほど、酷き使われた
そして、十五年間のろうどうの果てに
私は解雇された
イギリスは売女だ
抜けだす道は、ない
イギリスは売女だ
逃れる術は、ない

私は知っている
仕事は、あり余るほどあるのだ
なのに、私は
人員整理で 首を切られる
今、私は五十五才
かなり年老いてきた
そんな私に、奴らの冷酷な声
失業手当でも受けてこい!
イギリスは売女だ
抜けだす道は、ない
イギリスは売女だ
我々は、一体どうしたらいいのだ?

(東芝EMIのLPLinton Kwesi Johnsonの「Bass Culture」
山本安見さんという方の訳詩より)


Linton Kwesi Johnson - Inglan Is a Bitch



こうした歌詞から当時の黒人移民の、浮かばれない
生活が垣間見えます。
この頃の時代背景を説明しておくと、この時代はまだ
東西冷戦の時代でイギリスはアメリカに次ぐぐらいの
大国だったんですね。
その為イギリスには豊かな生活を求めて、多くの移民が
このイギリスに来ていたんですね。

冷戦 - Wikipedia

ただ現実にこのイギリスに暮らしてみると、まだこの
時代はかなり白人優位の階級社会で、黒人層は貧しい
生活を強いられていたんですね。
「黒人は怠け者で、救いようがない」という歌詞など
からも、いかに黒人が蔑視に耐えながら生きていた
のかがうかがえます。

ただそうした白人優位な社会が変わり始めたのも、この
70年代から80年代にかけてだったんですね。
それまで最下層で生きてきた黒人層が徐々に力を付けて
来て、徐々に社会的な地位のある立場でも活躍できる
社会に変わり始めるんですね。
それとともに音楽もそれまで白人中心の音楽から、
ソウル、R&B、ファンク、そしてレゲエという音楽が
市場を席巻し始めるんですね。
70年代レゲエのプロテスト色の強さも、そうした時代
背景があったからなんですね。

今はアフロ・ヘアーやドレッドロックス・ヘアーを
単なるファッションと思っている人が多いでしょうが、
当時は黒人がそうしたヘアー・スタイルをするという
事は白人に対する不服従を意味し、白人層からは憎しみ
を受けるかもしれない勇気のあるヘアー・スタイル
だったんですね。
こうした歌やヘアー・スタイルなども自分達のアイデン
ティティを主張する武器にしながら、黒人の人達は
今の地位を獲得して行ったんですね。

ただ今も民族間格差はあり、シリアの難民問題など、
世界が平和でないのはとても残念な事実です。
今回このLinton Kwesi Johnsonの歌詞をずいぶん久しぶり
に見てみると、何かちょっと悲しい気がしました。
民族間対立ではないですが、今の日本の社会に同じ
ような問題が起きている気がしたんですよね。
もしかしたら経済格差はこの歌が作られた当時の
80年代よりも、今の時代の方が広がっているの
かもしれません。
しかもこの日本で…。

最後にこの80年代に、多くの人にレゲエを届けようと
努力してくれた人が居た事に感謝したいと思います。